すっかり怠っていた本ブログの久しぶりの更新で、いきなり重々しいタイトルでごめんなさい。近頃、身辺に誕生と死別を経験し、胸のうちに去来するものが少なくありません。生物である限り生と死とは必然の運命なのであれこれ考えても仕方ない、そう受け流すことが心身の健康的生活には良いのかも知れません。ですが、誕生は周囲に大きな喜びを与え、死は大きな衝撃を与えます。知恵を備えた人である限り、その意味を探らずにはいられないのが本能ではないでしょうか。

 私見ですが、「文学」と呼ぶにふさわしい文芸作品はすべて、その根底で生や死の意味を問いかけています。その「文学」が、急速に私たちの日常から遠ざかっています。スマホのせいか、全く読書習慣を持たない国民が半数近くいます。また、1年後に始まる大学入試共通テストの国語科目では実用的な文章が重視されることになっています。こういった状況では、ますます文学が忘れ去られていくのでしょう。しかし、実用的な文章では決して表現されない、人間関係や自然現象などが感情の奥深いものに及ぼす見えないものを、言葉の海から選び抜いた言葉で描写してみせてくれるような優れた作品と出会ってこそ、私たちの生きる喜びは増幅し、死への恐れは和らぐはずです。失ったものを後から嘆いてみても遅すぎます。香港の民主化運動を見るように、中国返還前には空気のように与えられていた「自由」をほぼ失いかけて、死に物狂いで抵抗する人々の姿は、決して他人事ではありません。文学を愛する人を一人でも多く育てなければならない。そんな気持ちがますます強まる晩秋です。