1月17日に想う

 2022年を迎え、あっという間に17日になりました。かの阪神大震災から27年です。あの日、テレビ映像を通じて私の眼に焼き付いた惨状は、今なお鮮明です。被災された方、特に家族を喪われた方は、何年経とうともその悲しみが癒えることはないでしょう。決して他人事ではなく、日本人なら忘れてはならない日付の一つだと思っています。

 その時危惧した通り、その後の日本は数々の自然災害に見舞われました。そして、昨朝、遥かな国トンガで起こった海底火山噴火の影響で、全国の太平洋沿岸に津波警報・注意報が発出され、混乱が起きました。折悪しく、大学入試共通試験の二日目の未明でした。ただでさえ、コロナ禍、大雪、そして東京大学会場で起きた突発的な刃傷事件により、受験生も運営関係者の誰もが精神的ダメージを受けていたところです。気象庁ですら把握できない未知の自然現象が、最悪のタイミングで襲い掛かったとしか捉えようがありません。

 考えてみれば、宇宙の塵などから地球が誕生して以来、今日の姿になるまで、有史以前の時の方が遥かに長く、想像を絶する自然現象が起こっていたはずです。だとしたら、人類が知り得る自然現象、ましてやメカニズムを理解できているものなんて、ほんのわずかでしかないとも言えます。もし私たちが地球に起きることのほとんどをわかっていないなら、なおのこと私たちは知るための地道な努力を真摯に積み重ねなければなりませんが、それはたかが個人のレベルでは到底叶わず、古今東西の人類の叡智を結集してもようやく糸口が掴める程度のものかも知れません。

 そのスケールを思うと、進路で悩み無関係な他者を傷害する、という名古屋の少年の心の闇は、一見深そうですが、私にはちっぽけなものに感じます。名門校から名門大学へ進み医師になる、という単純な図式でしかこの壮大な世界を描けない、というのは想像力の欠如でしかないと思います。そういう想像力を育てていく環境を17年間彼に与えて来なかった愛知・名古屋の教育環境にも、その末端にいる1人として忸怩たる思いがします。

 無限の宇宙世界があり、その中に存在する秩序・法則を解明すること。それらを包み込む無限の想像力を育むこと。その二つが教育の究極目標であろうと思います。そうであれば、目先の成績評価などただの道標であって、目指す方向さえ誤っていなければ、人としての道も誤ったりはしないでしょう。

前の記事

鴻鵠の志

次の記事

コロナとオンライン授業