本を置いて史跡探訪

 最近読んだ歴史小説数冊に感化され、思い立って史跡巡りをしてきました。登場人物が織りなす人間ドラマに煽られ、その余韻覚めやらぬうちに歴史の転換点となった舞台のスケール感を肌身で捉えてみたくなったのです。その歴史の舞台とは、かの桶狭間の戦いの前場面、今川義元方の鳴海城を取り囲む織田信長の付け城、丹下砦、善照寺砦、中嶋砦です。実は私の出身地や現住地に近く、日常生活圏ともいえる立地で、土地勘もあり自動車ではむしろ厄介な小道だとわかっていたため、その日の大雨予報は知りながらも、酔狂にも徒歩で敢行しました。雨の日曜日なら晴耕雨読、つまり読書三昧が正しい過ごし方なんだろうなと思いましたが、かき立てられた身の内の興奮は現地巡りでしか収まりそうもありませんでした。

 事前に位置だけ確認したら、あとは地図も不要なほど熟知したエリアです。残念ながら史跡らしい風情は少なく、鳴海城址に至ってはコンクリートの小山や鉄製の遊具が設置された児童公園となっていて城跡としての面影は望むべくもありませんでした。ただ、鳴海城址からも善照寺砦跡からも桶狭間方面や前哨戦の舞台となった鷲津砦、丸根砦方面を臨むことができ、なるほど、正にこの場所で、かの武将たちが伸るか反るかの大作戦を決断・決行したのだと感じました。450年も前のことですが、当時と位置関係だけは変わらないのですからやはり現地に行ってみて良かったと思えました。中嶋砦は現在は個人所有地ですが、ご厚意により誰でも立ち入ることができます。歴史を大切にされる御志へ敬意と感謝の念を持ちました。

 読んだ小説に感化され、その分野や登場人物についてあれこれ関連文書や他の作品を探すことはよくあるのですが、舞台となった地を探訪することまではなかなかできません。今回はたまたま近所だったからすぐ行けましたが、この地に憧れの念を抱き想像を膨らませる歴史マニアが全国にごまんといらっしゃることでしょう。ここ数十年間、この史跡群の存在を全く意識せずほんの数十メートル先の道路を漫然と通行していた自分を反省しました。これからは、可能な限り自分の足と自分の目で作者の想像力を共有していこうと、読書好きとして新たな楽しみ方ができました。