「こども英語学習」に期待するもの

 世のお母さん方のお子さんに対する期待度の大きいものに英語習得があります。ショッピングモールや駅前のこども英会話教室は花盛りのようですし、英語による託児サービスも広がりを見せているようです。小学校での英語必修化も世の英語早期学習熱に輪をかけていますね。「とにかく、英語は早期に鍛えないと間に合わない!」と言わんばかりの風潮です。

一方で「うちの子には小さい頃英語を習わせていたけれど、結局無駄だった!」という後悔の声もしばしば耳にします。実際、小さい頃に英語を習っていたという小学校高学年の子では「何も覚えていない。」というのが多数派のようです。このような錯綜する状況で、お子様の英語教育をどうしたらいいのか考えておられる方が読んでくださればと思い、言葉教育・教養教育を実践する立場から私見を述べてみます。

18歳を一応の英語習得のゴール地点と仮定した場合、それまでの英語学習はどういうあり方が望ましいのでしょうか。その問いには、英語が母語ではないことから、論理的思考はあくまでも日本語によって行われる点が最大のポイントとなります。私なりの結論を言えば、しっかりした日本語の発達が先行する方が良いと考えます。

まず、英語を指導するにあたって経験上から感じることは、①日本語との比較で英語を意識付けする方が学習効率が良い。②文法や語法など抽象的ルールを言葉(日本語)で理解できる方が学習効率が良い。③ローマ字を操れるようになってからの方が読み書きの効率が良い。④欧米の文化的背景を理解し、それに基づくネイティブの思考を意識するとcollocationを会得しやすい。といった点です。これらはさすがに3〜5歳ぐらいでは困難で、最低でも小学校高学年か中学生以降になると思います。

また、そもそも日本人が英語を学ぶのはアカデミックユース、ビジネスユースが主目的であって、単に日常会話ができることを最終目的とするわけではないので(もちろん、海外旅行が趣味などそれで良いという方もいらっしゃるでしょうが)、論理的思考や論理的表現ができることが不可欠です。したがって、何より母語の日本語で論理的思考習慣が身につき、論理的思考と情緒的・非論理的思考とを区別できることが先行しなくてはなりません。

しかも、英会話の場面で非ネイティブである私たちが、ウイットやジョークに富んだ気の利いた表現をしたり、タブー表現へ配慮したりすることなど、TPOを適切に用いることには限界があります。であるならば、やや古めかしいきらいはあっても、まずは学校教育で学ぶオーソドックスな英語表現の方が、明らかに不適切に当たらない限り、使いものになるのではないでしょうか。

では、「こども英語学習」は無駄なのでしょうか。私はそうでもないと思います。「こども英語学習」にこそ期待できる役割があります。その役割の前提条件となる「こども」ならではの利点があります。

第一に、積極的に参加できる環境で学べることです。思春期以降は、発音が恥ずかしいとか、そんな簡単なことが言えなくて(聞けなくて)恥ずかしいとか、やたらに他人の耳目が気になり英語以外の足かせができてしまいます。こどもは基本「自分が王様・女王様」で前面に出たがり屋の点が、欧米気質に親和的だと思います。

第二に、強制されること(必修化の場合は除く)による英語嫌いにならずに楽しめること。どの科目でも、嫌いになるきっかけは、宿題とテストに代表されるような「強制」の側面です。好きなことでも強制されればやりたくなくなる。これは人類永遠の普遍的法則(?)だと思います。

このような利点から、こども英語に期待する役割は主に次の3点です。まず、日常生活上の語彙を増やすこと(特に、名詞・基本動詞とその広がり方・形容詞(句)・頻度や程度の副詞(句))。次に、英語特有のrhythm、intonation、reductionなどを聴き取る耳や不適切な表現に違和感を感じる耳を鍛えること。さらに、おうむ返しでいいので元気良く発音すること。以上が実現できる英語学習なら、早期に始めるメリットはあってもデメリットは特にないと思います。

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